子供の全身性疾患に伴う味覚・嗅覚障害:原因、病態、診断のポイント
はじめに
子供の味覚・嗅覚障害は、成長発達やQOLに大きな影響を与える可能性があります。その原因は多岐にわたりますが、時に全身性の疾患が味覚・嗅覚機能の異常を引き起こすことがあります。全身性疾患に伴う味覚・嗅覚障害は、原疾患の病態進行や栄養状態の悪化、治療薬の副作用など、様々な要因が複雑に関与しているため、その病態理解と診断、管理には専門的な知識が求められます。
特に小児の場合、味覚・嗅覚の異常をうまく言語化できないことも多く、保護者の詳細な観察や医療従事者による全身状態の注意深い評価が診断の鍵となります。本記事では、子供の全身性疾患に伴う味覚・嗅覚障害に焦点を当て、その原因、病態メカニズム、診断のポイント、そして臨床におけるアプローチについて解説します。
全身性疾患が味覚・嗅覚機能に影響を与えるメカニズム
全身性疾患が味覚・嗅覚に影響を与えるメカニズムは多様です。以下に主要なメカニズムを挙げます。
- 栄養状態の変化:
- 特定の全身性疾患(例:腎疾患、肝疾患、吸収不良症候群、悪性腫瘍)は、栄養素の吸収障害、代謝異常、または需要増加を引き起こし、亜鉛、鉄、ビタミンなどの必須栄養素の欠乏を招くことがあります。特に亜鉛は味覚芽や嗅覚受容体の機能維持に不可欠であり、欠乏は味覚・嗅覚障害の一般的な原因となります。
- 代謝産物の蓄積:
- 腎不全では、尿毒素などの代謝産物が血液中に蓄積し、唾液成分や味覚受容体の機能に影響を与え、金属味などの異常味覚(異味症)を引き起こすことがあります。
- 肝不全では、特定の代謝経路が障害され、味覚・嗅覚関連物質の代謝異常や、前述の亜鉛欠乏などを招くことがあります。
- 炎症および免疫応答:
- 自己免疫疾患や慢性炎症性疾患(例:炎症性腸疾患)では、全身の炎症性サイトカインやメディエーターが味覚芽や嗅覚粘膜に影響を及ぼす可能性があります。また、シェーグレン症候群のように、自己免疫反応が唾液腺を障害し、口腔乾燥による味覚障害を引き起こすケースもあります。
- 神経系の影響:
- 全身性疾患が末梢神経や中枢神経に影響を及ぼす場合、味覚・嗅覚の信号伝達経路が障害されることがあります。例えば、糖尿病による神経障害(糖尿病性ニューロパチー)が味覚神経に影響を与える可能性も理論上考えられます(小児期発症の糖尿病では長期的な問題)。
- 薬剤の副作用:
- 全身性疾患の治療に用いられる薬剤(例:抗菌薬、降圧薬、抗がん剤、免疫抑制剤、向精神薬など)には、味覚・嗅覚障害を副作用として引き起こすものが多数存在します。これは、薬剤自体が味覚受容体と結合したり、唾液や粘液組成を変化させたり、神経機能に影響を与えたりすることで生じます。小児では特に、疾患治療のために多剤併用となるケースが多く、薬剤性の味覚・嗅覚障害のリスクが高まることがあります。
- 口腔内環境の変化:
- 全身性疾患による唾液分泌量の減少(例:シェーグレン症候群、薬剤性)、口腔カンジダ症などの感染、口腔衛生状態の悪化も、間接的に味覚機能に影響を与えることがあります。
主な関連全身性疾患と臨床的特徴
子供において味覚・嗅覚障害が認められる全身性疾患には、以下のようなものが挙げられます。
- 腎疾患:
- 慢性腎不全において、尿毒症性物質の蓄積により、金属味や苦味などの異味症が高頻度にみられます。食欲不振や栄養障害の一因となることがあります。
- 肝疾患:
- 慢性肝疾患や肝不全では、亜鉛欠乏や特定の代謝物の蓄積、全身状態の悪化などにより、味覚異常を呈することがあります。
- 自己免疫疾患:
- 小児においては稀ですが、シェーグレン症候群は唾液腺障害による口腔乾燥と味覚障害を引き起こします。全身性エリテマトーデス(SLE)など、全身の炎症を伴う疾患でも味覚異常が報告されることがあります。
- 代謝性疾患:
- 稀な代謝性疾患の中には、特定の代謝経路異常が味覚・嗅覚に関わる物質の代謝に影響を与える可能性が考えられます。また、糖尿病における長期的な神経障害のリスクも考慮が必要です。
- 炎症性腸疾患(クローン病、潰瘍性大腸炎):
- 慢性炎症や栄養吸収障害(特に亜鉛欠乏)、使用される薬剤(ステロイド、免疫抑制剤など)の影響により、味覚異常を呈することがあります。
- 悪性腫瘍:
- 疾患自体による全身状態の悪化や代謝異常に加え、特に化学療法や放射線療法は味覚・嗅覚障害の主要な原因となります。治療関連の味覚・嗅覚障害は、摂食量減少や栄養状態悪化に直結するため、注意深い管理が必要です。
診断におけるポイント
子供の全身性疾患に伴う味覚・嗅覚障害を診断する際は、以下の点に留意する必要があります。
- 詳細な病歴聴取:
- 既往の全身性疾患の種類、診断時期、現在の治療内容(特に薬剤の種類と量)を正確に把握します。
- 味覚・嗅覚障害がいつから、どのように始まったか(突然か、徐々にか)、持続的か、変動があるか、どのような種類の異常か(全く感じない、薄い、変な味/匂い、金属味など)を保護者に詳しく聞き取ります。
- 全身性疾患の症状(例:浮腫、黄疸、関節痛、発疹、腹痛、発熱など)の有無や経過を確認します。
- 食事量や内容の変化、体重減少、栄養補助食品の使用状況など、栄養状態に関する情報も重要です。
- 最近の感染症(ウイルス感染症を含む)、頭部外傷、アレルギーの既往なども鑑別診断のために聴取します。
- 全身状態の評価:
- 子供の全体的な元気度、食欲、体重、皮膚の色調、浮腫の有無、関節の状態など、全身性疾患の活動性や栄養状態を示す所見を注意深く観察します。
- 口腔内の視診も重要です。乾燥の程度、舌苔、粘膜の状態、カンジダ症の有無などを確認します。
- 関連する検査:
- 原疾患の診断や評価のための検査に加えて、味覚・嗅覚障害の原因を探るための検査を検討します。
- 血液検査: 亜鉛、鉄、ビタミン類(特にB群、D)、肝機能(AST, ALT, ALP, 総ビリルビン)、腎機能(BUN, Cr, eGFR)、炎症マーカー(CRP, ESR)、血糖値、自己抗体など、関連する全身性疾患や栄養状態、代謝異常を示す項目を評価します。
- 専門科へのコンサルテーション:
- 味覚・嗅覚障害自体の評価には、耳鼻咽喉科医による専門的な検査(味覚検査、嗅覚検査)が不可欠です。子供の年齢や理解度に応じた検査法を選択する必要があります。
- 原疾患の専門医(小児腎臓内科、小児消化器科、小児リウマチ・膠原病科、小児代謝内科、小児血液腫瘍科など)と連携し、味覚・嗅覚障害が原疾患に関連するものか、治療薬の影響か、あるいは他の原因かなどを総合的に判断することが重要です。
- 原疾患の診断や評価のための検査に加えて、味覚・嗅覚障害の原因を探るための検査を検討します。
臨床におけるアプローチと保護者への説明
全身性疾患に伴う子供の味覚・嗅覚障害に対するアプローチは、その原因に基づいています。
- 原疾患の治療: 味覚・嗅覚障害が全身性疾患の活動性に関連している場合、原疾患の適切な治療を行うことが最も重要です。原疾患の病態が改善することで、味覚・嗅覚機能も回復する可能性があります。
- 原因薬剤の評価と調整: 使用している薬剤が味覚・嗅覚障害の原因と考えられる場合は、可能であれば代替薬への変更や減量を主治医と相談します。ただし、原疾患の治療継続が優先されるため、安易な変更はできません。
- 栄養療法: 亜鉛などの栄養素欠乏が確認された場合は、サプリメントによる補充療法を行います。全身性疾患による食欲不振や摂食量減少がある場合は、栄養士と連携し、嗜好に配慮した食事内容の提案や栄養補助食品の活用を検討します。
- 対症療法: 特定の味覚・嗅覚障害に対する対症療法(例:人工唾液による口腔乾燥対策、嗅覚トレーニングの検討など)を行うこともありますが、小児における効果は限定的な場合もあります。
- 保護者への説明:
- 全身性疾患と味覚・嗅覚障害が関連している可能性、そのメカニズムを、分かりやすい言葉で丁寧に説明します。
- 「病気が原因で、またはお薬の副作用で、味が分かりにくかったり、変な味に感じたりすることがあるんですよ」といったように、子供の感じていることを肯定し、病気や治療のせいであることを伝えます。
- 味覚・嗅覚障害が食欲不振や栄養状態に影響すること、その対策(食事の工夫、栄養補助など)について具体的に助言します。
- 障害が一時的なものか、原疾患の改善とともに回復が見込めるのか、あるいは長期化する可能性があるのかなど、予後に関する見通しについても、現時点での情報を正確に伝えます。
- 家庭での食事の工夫や、安全面(腐敗した食物やガス漏れなどに気づきにくいリスク)に関する注意点も伝達します。
まとめ
子供の全身性疾患に伴う味覚・嗅覚障害は、様々な病態メカニズムによって引き起こされ、診断と管理には全身状態と味覚・嗅覚機能の両側面からの評価が必要です。特に、詳細な病歴聴取、全身状態の観察、関連する検査、そして耳鼻咽喉科医や原疾患の専門医との連携が診断の鍵となります。治療は原疾患の管理が基本となりますが、栄養療法や薬剤調整なども考慮されます。保護者への丁寧で分かりやすい説明は、子供のケアを進める上で不可欠です。
この分野の研究は進んでおり、今後さらに病態メカニズムの解明や、小児特有の診断・治療アプローチの開発が期待されます。臨床現場では、子供の味覚・嗅覚の変化を見逃さず、全身性疾患との関連性を常に念頭に置くことが重要です。