子供の味覚・嗅覚障害と摂食嚥下障害の関連:アセスメントと支援のポイント
はじめに
子供の味覚・嗅覚障害は、食行動や栄養状態、さらには安全面にも影響を及ぼす可能性があります。特に、摂食嚥下障害を合併している場合、その影響はより深刻になることがあります。味覚・嗅覚機能と摂食嚥下機能は密接に関連しており、一方の障害が他方の機能に影響を与えることは十分に考えられます。本記事では、子供の味覚・嗅覚障害と摂食嚥下障害の関連性、臨床におけるアセスメントのポイント、そして保護者への具体的な支援方法について解説します。
味覚・嗅覚機能と摂食嚥下のメカニズム
食物を安全に摂取し、栄養を十分に得るためには、味覚、嗅覚、口腔感覚、運動機能、そして嚥下機能が協調して働く必要があります。
- 味覚機能: 基本的な味(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)を感じ取ることで、食物の性質や状態を判断し、摂取するかどうかの判断や、唾液分泌、胃液分泌などの消化準備に関与します。
- 嗅覚機能: 食物の香りを感知することで、風味全体の認知に大きく寄与します。また、有害な物質の存在を警告する役割(嗅覚性警告サイン)も担います。鼻から直接匂いを嗅ぐ「オルソネーザル」嗅覚と、口の中で食べ物から鼻腔へ抜ける香りを感知する「レトロネーザル」嗅覚があります。摂食嚥下においては、レトロネーザル嗅覚が風味の重要な要素となります。
- 摂食嚥下機能: 食物を認知し、口に取り込み(先行期)、咀嚼して食塊を形成し(準備期)、嚥下反射を起こして食塊を咽頭から食道へ送り込む(口腔期、咽頭期、食道期)一連の過程を指します。この過程には、口腔、咽頭、喉頭、食道などの構造と、それらを制御する神経系が関与します。
味覚や嗅覚の異常は、食物の風味認知を歪めたり、食欲を低下させたりすることで、摂食意欲の減退や特定の食品への拒否を引き起こし、摂食行動に影響を与えます。さらに、これらの感覚情報が摂食嚥下反射の引き金や調節に関与しているため、機能障害が摂食嚥下そのものに影響を与える可能性が指摘されています。
子供の味覚・嗅覚障害が摂食嚥下機能に与える影響
子供の味覚・嗅覚障害は、以下のような機序で摂食嚥下機能に影響を与える可能性があります。
- 摂食意欲の減退・偏食: 食物の風味が正常に感じられない、あるいは不快な風味(異味症/異嗅症)に感じられる場合、子供は食事に興味を示さなくなったり、特定の食品のみを極端に避けたりするようになります。これにより、栄養バランスの偏りや体重減少を招くことがあります。
- 食品の安全性認知の困難さ: 特に嗅覚障害(無嗅覚症)がある場合、腐敗した食物やガス漏れなどの警告サインとなる匂いを感知できません。これは直接的な摂食嚥下障害ではありませんが、安全でないものを誤って口にしてしまうリスクを高め、その結果として消化器症状や体調不良を引き起こす可能性があります。
- 摂食嚥下反射への影響: 味覚刺激や口腔感覚(温度、食感など)は、唾液分泌を促し、嚥下反射の引き金となる可能性があります。これらの感覚入力が乏しい、あるいは異常がある場合、嚥下反射の遅延や不完全さを招き、誤嚥のリスクを高める可能性が考えられています。特に、気管への誤嚥を警告する咳反射(咳き込み)が十分に出ない「不顕性誤嚥」は発見が難しく、肺炎などの合併症につながりうるため注意が必要です。
- 口腔機能の発達への影響: 乳幼児期や幼児期において、様々な味や食感を経験することは、口腔周囲筋や舌の運動、咀嚼機能の発達に重要です。味覚・嗅覚障害による偏食や摂食量の減少は、これらの口腔機能の適切な発達を妨げる可能性があります。
合併が考えられるケース
味覚・嗅覚障害と摂食嚥下障害の合併は、特に以下のような状況で注意が必要です。
- 神経系の疾患: 脳性麻痺、遺伝性症候群、脳腫瘍、頭部外傷など、味覚・嗅覚経路や摂食嚥下に関連する神経経路に影響を与える疾患。
- 先天異常: 口蓋裂、喉頭軟化症、食道閉鎖など、口腔や咽頭の構造異常。これらの状態は味覚・嗅覚障害を合併することもあり、摂食嚥下機能に直接影響します。
- 長期の経管栄養や絶食: 経口摂取の機会が少ない期間が長いと、摂食嚥下機能が低下するだけでなく、味覚・嗅覚への刺激も減少し、回復が遅れる可能性があります。
- 特定の症候群: 感覚過敏や感覚鈍麻を伴う発達障害や、特定の遺伝性症候群では、味覚・嗅覚の異常と摂食嚥下の問題が同時に見られることがあります。
- 重度の栄養障害: 重度の栄養障害自体が味覚・嗅覚機能や筋力低下を引き起こし、摂食嚥下機能をさらに悪化させるという悪循環に陥ることがあります。
- 精神疾患や摂食障害: 精神的な要因による摂食拒否や、味覚・嗅覚の歪みを伴う摂食障害では、摂食嚥下機能そのものにも影響が及ぶことがあります。
臨床におけるアセスメントのポイント
子供の味覚・嗅覚障害と摂食嚥下障害の合併を疑う場合、多角的な視点でのアセスメントが重要です。
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保護者からの情報収集:
- 出生からの摂食・哺乳歴:母乳/ミルクの飲み方、離乳食の開始時期、進み具合、拒否や偏食の有無。
- 現在の食事状況:摂食量、食事にかかる時間、特定の食品の好き嫌い、食べられる食品の形態や温度、食事中の様子(むせ、咳き込み、鼻からの逆流、顔色、呼吸状態の変化など)。
- 味覚・嗅覚に関する具体的な訴え:甘い/しょっぱいなどの基本的な味が分からない、特定の匂いを嫌がる/気にしない、異臭/異味を感じる、匂いを感じないなどの症状。
- 体重や身長の増加状況。
- 全身状態:基礎疾患、内服薬、アレルギーの有無。
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観察:
- 摂食中の様子:姿勢、食塊形成、咀嚼、嚥下時の喉頭挙上、むせや咳き込みの頻度と程度、食事後の呼吸状態や声の変化。
- 口腔機能:唇の閉鎖、舌の動き、咀嚼運動、唾液の分泌。
- 味覚・嗅覚の簡易評価:特定の味や匂いに対する反応を見る(例:甘いものと酸っぱいものに対する表情、不快な匂いからの回避行動など)。年齢に応じた検査法(例:濾紙ディスク法、Sniffin' Sticksなど)も検討。
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身体診察:
- 口腔内:舌の形態・動き、口蓋の状態、歯の状態。
- 神経学的所見:脳神経の機能、筋緊張、反射。
- 栄養状態の評価:体重、身長、BMI、必要に応じて血液検査(ビタミン・ミネラルレベルなど)。
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専門家へのコンサルテーション:
- 耳鼻咽喉科医:味覚・嗅覚障害の原因特定、詳細な機能評価。
- 言語聴覚士(ST):摂食嚥下機能の詳細な評価(VF検査、VE検査などを含む)、直接・間接的な摂食指導。
- 小児科医/消化器科医:基礎疾患の評価と管理、栄養サポートの検討。
- 管理栄養士:具体的な栄養指導、栄養補助食品の提案。
支援のポイント
味覚・嗅覚障害と摂食嚥下障害を合併する子供への支援は、個々の状態に合わせて多角的に行う必要があります。保護者との協働が不可欠です。
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摂食環境の調整:
- 安心できる静かな環境で食事を提供する。
- 適切な姿勢を保てるようにサポートする。
- 食事にかかる時間を考慮する。
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栄養面での配慮:
- 子供の好む味や食感を考慮した調理法やメニューを工夫する。
- 食べやすいように、食品の形態(刻み、とろみなど)や温度を調整する。
- 少量頻回食や高カロリー食品、栄養補助食品などを活用し、必要な栄養を確保する。
- 管理栄養士と連携し、具体的な栄養指導を行う。
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安全面での配慮:
- 誤嚥リスクの高い食品(例:パサパサしたもの、まとまりにくいもの、繊維質の多いものなど)を避けるか、調理法を工夫する。
- 食事中は常に子供を観察し、むせや咳き込み、呼吸状態の変化がないか注意する。
- 嗅覚性警告サイン(焦げ臭い、ガス臭い、腐敗臭など)を感知できない可能性があることを保護者に伝え、注意喚起と具体的な対策(例:火災報知器、ガス漏れ警報器の設置、食品の消費期限の確認の徹底など)を説明する。
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感覚刺激や機能訓練:
- 安全に配慮しつつ、様々な味、香り、食感の食品に少量ずつ触れさせる機会を作る。
- 口腔周囲筋のマッサージや、舌・口唇の運動訓練、呼吸訓練などを、言語聴覚士の指導のもと行う。
- 食事以外の時間にも、安全な方法で口腔内の感覚刺激を取り入れる。
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保護者への説明とサポート:
- 味覚・嗅覚障害と摂食嚥下障害の関連性、なぜ問題が起きるのかを分かりやすく説明する。
- 具体的な困りごと(例:偏食、体重増加不良、むせ込みなど)に対する実践的な対応策を一緒に考える。
- 支援には時間がかかること、焦らず子供のペースに合わせて進めることの重要性を伝える。
- 医療機関だけでなく、地域の支援機関(例:保健センター、療育施設、障害児相談支援事業所など)や同じような経験を持つ保護者との交流の機会を紹介する。
- 保護者の精神的な負担にも配慮し、必要に応じて心理的なサポートも検討する。
おわりに
子供の味覚・嗅覚障害は、摂食嚥下機能に複合的な影響を与える可能性があります。この関連性を理解し、早期に適切なアセスメントと多職種連携による支援を行うことが、子供の成長・発達、栄養状態、そして安全な生活を守る上で非常に重要です。保護者の方々が抱える不安や困難に寄り添いながら、専門的な視点に基づいた丁寧な情報提供と実践的なサポートを提供していくことが求められます。