子供のCOVID-19関連味覚・嗅覚障害：最新知見と臨床的アプローチ
はじめに
COVID-19パンデミックにより、味覚・嗅覚障害が広く認識される症状の一つとなりました。特に成人においては、感染初期に発現し、診断の重要な手がかりとなることが多かった一方で、子供における味覚・嗅覚障害については、その認識や評価が必ずしも十分に進んでいない現状があります。子供の場合、症状を適切に表現することが難しく、保護者や医療従事者が見過ごしてしまうケースも少なくありません。
本記事では、子供におけるCOVID-19関連の味覚・嗅覚障害に焦点を当て、その病態生理、臨床像、診断のポイント、および現在の治療・管理法について解説します。また、保護者への説明や家庭でのケアについても触れ、日々の臨床における適切な対応の一助となることを目指します。
子供におけるCOVID-19関連味覚・嗅覚障害の病態生理
SARS-CoV-2ウイルスが嗅覚および味覚系に影響を与えるメカニズムは、主に以下の経路が考えられています。
- 嗅上皮への直接的な感染: ウイルスが嗅上皮の支持細胞（sustentacular cells）表面に多く発現するアンジオテンシン変換酵素2（ACE2）受容体を介して細胞に侵入し、炎症を引き起こします。これにより、嗅覚神経細胞（嗅細胞）が機能障害を起こしたり、構造が変化したりする可能性があります。ただし、嗅細胞自体への直接感染は少ないとされています。
- 全身性炎症: 感染に伴う全身の炎症反応、特にサイトカインの放出が、嗅覚・味覚中枢や末梢神経に影響を与える可能性が指摘されています。
- 神経経路への影響: ウイルスが直接的あるいは間接的に、嗅球や脳の他の領域に影響を及ぼす可能性も研究されていますが、その詳細なメカニズムはまだ解明途上です。
子供の場合、ACE2の発現パターンや免疫応答が大人のそれと異なる可能性があり、病態生理の細部には年齢による違いがあるかもしれません。一般的に子供の嗅上皮は再生能力が高い傾向にあるため、嗅覚障害の回復が比較的早い可能性も示唆されています。
味覚障害については、舌の味蕾を構成する細胞にもACE2が発現していることが知られていますが、嗅覚障害ほど高頻度ではないとされています。味覚の低下は、むしろ嗅覚障害に伴う風味（フレーバー）の認知障害であることも少なくありません。
子供における味覚・嗅覚障害の臨床像と症状
子供のCOVID-19における味覚・嗅覚障害の報告頻度は、年齢や評価方法によって異なりますが、成人より低い傾向にあるとされています。しかし、実際には訴えられないだけで存在しているケースも多いと考えられます。
症状の現れ方
- 嗅覚障害: 匂いが分からない（嗅覚脱失 anosmia）、匂いが弱く感じる（嗅覚減退 hyposmia）といった症状が一般的です。回復期には、本来とは異なる匂いを感じる（嗅覚錯誤 parosmia）や、何も匂いがないのに不快な匂いを感じる（幻嗅 phantosmia）といった症状が出現することもあります。
- 味覚障害: 味を感じない（味覚脱失 ageusia）、味が薄く感じる（味覚減退 hypogeusia）、特定の味だけが分からない、本来と異なる味を感じる（異味症 dysgeusia）といった症状があります。多くは甘味、塩味、酸味、苦味といった基本五味のうち、一部または全体が影響を受けます。
子供特有のサイン
子供は症状をうまく言葉で説明できないことがあります。以下のような行動の変化に注意が必要です。
- 好きだった食べ物を急に嫌がる、食べなくなる。
- 食事の際に「変な味がする」「まずい」などと曖昧に訴える。
- 匂いを気にしない（例：おむつの匂い、食べ物の匂いに反応しない）。
- いつもより食欲がない、偏食がひどくなる。
- 香りの強いもの（石鹸、花など）への反応が鈍い。
これらのサインは、味覚・嗅覚障害の可能性を示唆しているかもしれません。
診断のポイント
子供の味覚・嗅覚障害の診断は、保護者からの詳細な情報聴取が最も重要です。
問診
- 発症時期と経過: 他のCOVID-19症状（発熱、咳、鼻水など）との関連、症状の出現時期や持続期間を確認します。
- 症状の詳細: どのような匂い/味が分かりにくいか、具体的な食べ物や状況を尋ねます。年齢に応じて「美味しい？」「どんな匂いがする？」など、簡単な言葉で確認します。
- 行動の変化: 食事の様子、好き嫌いの変化、普段の反応（例：好きなものの匂いを嗅ぐか）について保護者に具体的に聞きます。
- 既往歴: アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎、頭部外傷、他の感染症、内服薬なども鑑別のために確認します。
身体診察
耳鼻咽喉科的な診察（鼻腔内の状態、咽頭など）を行い、味覚・嗅覚障害を引き起こす可能性のある他の疾患（鼻ポリープ、重度の鼻炎、扁桃炎など）を除外します。
味覚・嗅覚機能検査
子供向けの客観的な味覚・嗅覚検査は限られていますが、可能な範囲で実施を検討します。
- 嗅覚検査: 匂い物質を用いた簡便なスクリーニング（例：コーヒー、石鹸などの身近な匂いを使う）、より標準化された検査キット（ピクチャーカードと匂いペンの組み合わせなど、年齢に応じた工夫が必要）などがあります。
- 味覚検査: 基本五味の溶液を用いた検査（舌の特定部位に滴下または全体を浸す方法）、味覚紙を用いた検査などがあります。
これらの検査は、子供の協力度によって結果が左右されるため、結果の解釈には注意が必要です。
鑑別診断
COVID-19以外の味覚・嗅覚障害の原因として、感冒後嗅覚障害（COVID-19も含まれますが、他のウイルスでも起こりうる）、アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎、頭部外傷、薬剤の副作用、先天性疾患、栄養欠乏（亜鉛など）、神経疾患などが考えられます。
治療と管理
現時点で、子供のCOVID-19関連味覚・嗅覚障害に対する特異的な治療法は確立されていません。多くの場合、時間の経過とともに自然回復が期待できます。
支持療法と対症療法
- 経過観察: 軽症例では、多くの場合数週間から数ヶ月で自然回復が見られるため、まずは経過観察を行います。
- 鼻閉の管理: 鼻閉がある場合は、鼻洗浄や点鼻薬などで鼻腔内の状態を改善することが、嗅覚回復に役立つ可能性があります。
- 栄養面への配慮: 食欲不振や偏食が強い場合は、栄養状態が悪化しないように、食べやすいものや高栄養のものを工夫して与えるなど、栄養士と連携して対応を検討します。
リハビリテーション（嗅覚・味覚トレーニング）
成人では嗅覚トレーニングが有効とされていますが、子供への適用についてはまだ研究段階です。しかし、回復を促すために、保護者のサポートのもとで、様々な匂いや味に意図的に触れる機会を設けることは試みる価値があります。
- 嗅覚トレーニング: コーヒー、レモン、ユーカリ、クローブなど、特徴的な匂いを持つものを数種類用意し、1日数回、意識して匂いを嗅ぐ練習を行います。子供が楽しめるように、絵と匂いを組み合わせるなどの工夫が必要です。
- 味覚トレーニング: 様々な味（甘味、塩味、酸味、苦味、うま味）の食品や調味料を少量ずつ試す練習を行います。
これらのトレーニングは、脳の嗅覚・味覚野の再組織化を促すことを目的としています。
保護者への説明と家庭でのケア
子供の味覚・嗅覚障害に気づいた保護者は、不安を感じることが多いです。正確な情報提供と、家庭での具体的な対応方法を伝えることが重要です。
- 原因の説明: COVID-19感染の後遺症として、味覚や嗅覚の障害が起こりうること、多くの場合は一時的なものであることを伝えます。ウイルスが鼻の奥や舌に影響を与えるメカニズムを簡単な言葉で説明します。
- 症状への理解: 子供が訴える「変な味」「まずい」といった表現が、味覚・嗅覚障害による可能性を説明し、子供の訴えを受け止めることの重要性を伝えます。
- 家庭でのケア:
- 食事の工夫: 匂いや味が分かりにくい場合でも、視覚や食感で楽しめるような食事を用意する。子供の「食べたい」という意欲を尊重し、無理強いしない。栄養バランスに配慮し、偏食が続く場合は専門家（栄養士、医師）に相談する。
- 嗅覚・味覚トレーニング: 家庭でできる簡単なトレーニング方法（例：一緒に色々なものの匂いを嗅いでみる、味見をする遊び）を紹介し、焦らず楽しみながら取り組むよう促します。
- 安全への配慮: 火事やガス漏れ、食品の腐敗などの危険な匂いに気づきにくくなる可能性があるため、家庭内での安全確認（火元、ガス栓、食品の消費期限など）を保護者がより注意深く行うよう伝えます。
- 受診の目安: 症状が長期間改善しない場合（例：数ヶ月以上）、体重減少が見られる場合、他の気になる症状がある場合は、再受診を検討するよう伝えます。
まとめと今後の展望
子供におけるCOVID-19関連の味覚・嗅覚障害は、成人ほど頻繁ではないものの、見過ごされやすい重要な症状です。病態生理の理解、子供特有の症状の捉え方、そして保護者との連携が、適切な診断とケアには不可欠です。
現在のところ確立された特異的な治療法はありませんが、経過観察とともに、可能な範囲でのリハビリテーションや、栄養面・精神面へのサポートが重要となります。
今後、子供のCOVID-19関連後遺症として、味覚・嗅覚障害の長期的な影響や、より効果的な評価・治療法に関する研究が進むことが期待されます。日々の臨床においては、これらの最新知見に注意を払いながら、一人ひとりの子供とその家族に寄り添ったケアを提供していくことが求められます。