こどもの味覚嗅覚ケア

子供の頭部外傷後の味覚・嗅覚障害:病態生理、診断、および臨床管理

Tags: 頭部外傷, 味覚嗅覚障害, 小児, 後遺症, 脳神経

はじめに

子供は活発な活動の中で、時に転倒や衝突などによる頭部外傷を負うことがあります。頭部外傷の合併症として、意識障害や神経麻痺などが知られていますが、味覚障害や嗅覚障害も比較的頻繁に見られる後遺症の一つです。特に子供の場合、これらの感覚障害を自分で正確に訴えることが難しいため、保護者や周囲の医療従事者が注意深く観察し、適切に評価することが重要となります。

この記事では、子供の頭部外傷後に生じる味覚・嗅覚障害に焦点を当て、その病態生理、診断、および臨床管理について解説します。

頭部外傷後の味覚・嗅覚障害の病態生理

頭部外傷による味覚・嗅覚障害は、様々なメカニズムによって引き起こされます。

嗅覚障害のメカニズム

嗅覚は、鼻腔上部の嗅粘膜にある嗅細胞が匂い物質を感知し、嗅神経、嗅球、嗅索を経て脳の嗅覚野(大脳皮質など)に情報が伝わることで成立します。頭部外傷による嗅覚障害の主な原因は以下の通りです。

味覚障害のメカニズム

味覚は、舌や口腔内にある味蕾が味物質を感知し、顔面神経(VII)、舌咽神経(IX)、迷走神経(X)といった脳神経を介して脳の味覚野(大脳皮質、脳幹など)に情報が伝わることで成立します。頭部外傷による味覚障害の原因は嗅覚障害ほど多くはありませんが、以下のようなメカニズムが考えられます。

子供における症状の気づきと評価

子供の味覚・嗅覚障害は、大人に比べて自覚症状を正確に表現することが難しいため、見逃されやすい傾向があります。保護者や医療従事者は、以下の点に留意して観察・評価を行う必要があります。

診断

頭部外傷後の味覚・嗅覚障害の診断は、上記の問診と身体診察、そして必要に応じた専門的な検査に基づいて行われます。

  1. 詳細な問診と神経学的診察: 受傷状況、症状の経過、併存症状などを詳細に聴取し、頭蓋神経を含む神経学的診察を行います。
  2. 味覚・嗅覚の評価: 年齢に応じた方法で味覚・嗅覚の機能評価を行います。専門的な検査としては、以下のようなものがあります。
    • 嗅覚検査:
      • 定性検査: 標準的な匂い刺激(例: T&Tオルファクトメーター、Sniffin' Sticksなど)を用いて、匂いの識別能力や認知の有無を評価します。小児用には絵カードと組み合わせたものなどもあります。
      • 定量検査: 匂いの閾値(最も薄い匂いを感知できる濃度)を測定します。
    • 味覚検査:
      • ろ紙ディスク法: 甘味、塩味、酸味、苦味の4基本味をしみこませたろ紙を舌の各部位に置いて味の認知を評価します。
      • 電気味覚検査: 舌に弱い電流を流し、味覚刺激を感じる閾値を測定します。客観的な評価法として有用ですが、子供の協力が必要となります。
  3. 画像検査: 頭部CTやMRIは、頭部外傷の程度や脳の損傷、篩板骨折、鼻腔・副鼻腔の状態などを評価するために重要です。特に嗅神経、嗅球、嗅索、脳の嗅覚野・味覚野周辺の損傷の有無を確認します。
  4. 鑑別診断: 頭部外傷以外の味覚・嗅覚障害の原因(感冒、副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、薬剤性、先天性、神経疾患、腫瘍など)を除外することも重要です。

治療とケア

頭部外傷後の味覚・嗅覚障害に対する特異的な確立された治療法は、現状では限られています。多くの場合、自然回復を期待しながら経過観察が行われます。

予後と長期管理

頭部外傷後の味覚・嗅覚障害の予後は、損傷の程度や部位によって異なります。一般的に、嗅神経の断裂などによる障害は回復が難しい場合が多い一方で、脳震盪後の軽度の障害では自然回復が期待できることがあります。回復には数ヶ月から1年以上かかることも珍しくありません。

長期にわたって味覚・嗅覚障害が持続する場合、子供の成長や発達に影響を与える可能性があります。食習慣の偏りによる栄養問題、匂いや味が分からないことによる危険回避能力の低下、そしてQOL(生活の質)の低下などが考えられます。

そのため、回復が見られない場合や重度の障害が持続する場合は、定期的な経過観察を行い、上記のような栄養面のサポートや安全指導、心理的支援などを継続的に提供することが重要です。

まとめ

子供の頭部外傷後に発生する味覚・嗅覚障害は、見過ごされやすい合併症です。保護者や医療従事者は、子供の食行動の変化や訴えに注意を払い、早期に異常を疑うことが重要です。診断には、詳細な問診、年齢に応じた味覚・嗅覚評価、そして画像検査が有用です。特異的な治療法は限られますが、経過観察とともに、安全確保、栄養サポート、心理的ケアなど、子供と保護者を支える多角的なアプローチが求められます。長期にわたる障害の場合でも、根気強くケアを続けることで、子供の健やかな成長を支援していくことが大切です。

本記事が、子供の頭部外傷後の味覚・嗅覚障害に対する理解を深め、臨床現場での適切な対応の一助となれば幸いです。