子供の味覚・嗅覚機能の評価:検査法と臨床でのアプローチ
はじめに
子供の味覚や嗅覚の機能は、栄養摂取、安全確保(腐敗物や有害物質の回避)、情緒発達、社会性など、健やかな成長において重要な役割を果たします。しかし、子供は自身の感覚の変化を正確に言葉で表現することが難しいため、味覚・嗅覚障害が見過ごされたり、原因不明の偏食や食行動の問題として捉えられたりすることが少なくありません。
子供の味覚・嗅覚機能の状態を適切に評価することは、障害の早期発見、原因疾患の特定、そして適切な介入やケアにつながります。成人の評価法がそのまま適用できないことも多いため、子供に特有の評価方法やアプローチを理解することが重要です。
子供の味覚・嗅覚機能評価の重要性
子供の味覚・嗅覚機能評価は、以下のような目的で行われます。
- 障害の有無と程度の把握: 味覚・嗅覚異常があるかどうか、またその程度(低下、消失、過敏、異臭・異味症など)を客観的あるいは主観的に評価します。
- 原因の探索: 評価結果は、先天性疾患、感染症後遺症、アレルギー性鼻炎、副鼻腔炎、神経疾患、薬剤性など、潜在する原因疾患の診断の手がかりとなります。
- 成長発達への影響評価: 味覚・嗅覚障害が摂食行動、栄養状態、体重増加、さらには発達やQOL(生活の質)にどのように影響しているかを把握します。
- 治療効果判定: 治療介入後の機能回復の度合いを評価します。
- 保護者への説明と支援: 保護者が子供の感覚の問題を理解し、家庭での対応やケアを考える上での根拠を提供します。
子供の味覚機能の評価方法
子供の味覚機能の評価は、年齢や協力度に応じて様々な方法が用いられます。
1. 主観的評価(問診・行動観察)
最も基本的なアプローチであり、特に乳幼児や検査協力が難しい子供に対して重要です。
- 保護者への問診: 普段の食事の様子(偏食の有無、特定の味への極端な好み・嫌悪)、離乳食の進み具合、新しい食品への反応、過去の病歴(感染症、アレルギーなど)、内服薬の確認など、詳細な情報収集を行います。
- 摂食時の行動観察: 甘味、塩味、酸味、苦味など、異なる味の食品を与えた際の表情、体の動き、口の開閉、飲み込み方などを観察します。特定の味に対して毎回著しく嫌がったり、逆に無反応であったりしないかを確認します。
2. 客観的評価(電気味覚検査、濾紙ディスク法など)
ある程度検査に協力できる年齢(一般的に3〜5歳以上)から試みられます。
- 電気味覚検査: 舌の特定の部位に微弱な電流を流し、味覚を感じる最小の電流値(閾値)を測定します。子供の場合、刺激が不快に感じられることや、正確な反応(「ビリビリする感じ」と「味」の区別)を伝えるのが難しい場合があります。検査技師の技術や、子供への事前の説明・練習が重要となります。小児用の標準的な検査法や正常値については、まだ成人ほど確立されていませんが、相対的な評価や片側性の障害の検出に有用です。
- 濾紙ディスク法 (Filter Paper Disc Method): 甘味、塩味、酸味、苦味の4基本味を含む濃度の異なる検査液を浸した小さな濾紙を舌の特定の部位に乗せ、味を感じるかどうか、どのような味かを確認します。子供の場合、「美味しい?」「しょっぱい?」など簡単な質問で反応を見たり、「ニコニコする」「変な顔をする」といった表情で判断したりします。刺激が局所に限定されるため、電気味覚検査より子供に受け入れられやすい場合があります。
- 全口法 (Whole Mouth Method): 検査液を少量口に含ませて味を感じるかどうかを評価する方法です。濃度を段階的に上げていき、味覚閾値を測定します。全体的な味覚機能を評価できますが、液を吐き出す練習が必要な場合があり、誤嚥のリスクにも注意が必要です。
子供の嗅覚機能の評価方法
子供の嗅覚機能評価も、年齢に応じた工夫が必要です。
1. 主観的評価(問診・行動観察)
味覚評価と同様に、保護者からの情報が非常に重要です。
- 保護者への問診: 食べ物の匂いや身の回りの匂い(花、石鹸など)への反応、換気しているかどうかの認識、ガス漏れや火災の匂いへの反応、過去の病歴(風邪、副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎など)、内服薬の確認などを行います。乳幼児期には、授乳時の吸啜反応や特定の匂いへの快・不快の反応も参考になります。
- 行動観察: 匂いの強い食品や物体を与えた際の反応(顔を背ける、近づける、匂いを嗅ごうとする仕草など)を観察します。
2. 客観的評価(匂い同定テスト、閾値テストなど)
ある程度の年齢で検査に協力できる場合に実施されます。成人用の検査法を子供向けに修正して用いることが多いです。
- 匂い同定テスト: いくつかの異なる匂い(バナナ、チョコレート、石鹸など、子供にとって馴染みのある匂いを選ぶことが多い)を提示し、それが何かを答えさせるテストです。絵カードを使ったり、二者択一形式にしたりするなど、子供の認知レベルに合わせた工夫が必要です。例えば、「これは何?」「これとこれ、同じ匂いかな?」といった形で実施します。
- 匂い閾値テスト: 匂いの濃度を段階的に上げていき、匂いを感じ始める最小の濃度を測定するテストです。液体を染み込ませた紙や、匂いを封入したペンなど様々な形式があります。子供が匂いを感じた際に、「何か匂いがするよ」と伝えられるように、事前の説明や練習が必要です。閾値テストは同定テストより難易度が高くなる傾向があります。
- 電気生理学的検査: 嗅覚誘発反応(OERP: Olfactory Event-Related Potentials)など、脳波を用いて嗅覚刺激に対する脳の反応を記録する方法です。検査中の協力があまり必要ないため、乳幼児や検査協力が難しい子供への応用が期待されますが、特殊な機器が必要で、臨床現場での普及は限定的です。
臨床現場でのアプローチと注意点
子供の味覚・嗅覚機能評価を成功させるためには、いくつかの注意点があります。
- 年齢と発達段階に応じた方法選択: 検査方法を選択する際は、子供の年齢、認知能力、集中力、協力度を考慮することが最も重要です。無理強いせず、子供が安心して受けられる方法を選びます。
- 遊びを取り入れた工夫: 検査を「遊び」の一環として行うことで、子供の抵抗感を減らし、楽しみながら協力してもらえるように促します。例えば、匂い当てクイズ形式にしたり、正解したら褒めてあげたりするなどの工夫が有効です。
- 事前の丁寧な説明: 子供本人には、検査の内容や手順を分かりやすく説明します。保護者には、検査の目的、方法、予想される結果について丁寧に説明し、同意を得ることが不可欠です。
- 保護者との連携: 保護者からの情報は診断の重要な手がかりとなります。日頃の観察に基づいた情報は、検査結果と合わせて総合的に判断する上で非常に価値があります。検査中も保護者に同席してもらい、子供の様子を見守ってもらうことも安心につながります。
- 多職種連携: 疑われる疾患によっては、小児科医、耳鼻咽喉科医、神経内科医、栄養士、心理士など、多職種での連携が必要となります。
まとめ
子供の味覚・嗅覚機能の評価は、その成長発達や健康状態を把握する上で非常に重要です。子供は自身の感覚を言葉で表現することが難しいため、保護者からの詳細な問診と、年齢や発達段階に応じた適切な検査方法の選択、そして臨床現場でのきめ細やかな配慮が求められます。主観的評価と客観的評価を組み合わせ、多角的にアプローチすることで、子供の味覚・嗅覚障害を適切に診断し、必要な支援につなげることができます。今後の研究により、子供にさらに適した評価法の開発や標準化が進むことが期待されます。