子供の味覚・嗅覚障害:原因疾患と診断のポイント
はじめに
子供の味覚や嗅覚の異常は、保護者にとって大きな懸念事項となり得ます。食事への興味の喪失、偏食、体重減少といった栄養面への影響だけでなく、周囲の危険(火災やガス漏れなど)を察知できないリスクも伴います。大人の味覚・嗅覚障害に比べて子供の症例に関する知見はまだ限られている部分もありますが、小児期に特有の原因や診断上の留意点が存在します。
本記事では、子供の味覚・嗅覚障害の主な原因疾患と、診断を進める上で特に重要となるポイントについて解説します。
子供の味覚・嗅覚障害の主な原因
子供の味覚・嗅覚障害の原因は多岐にわたりますが、特に小児期に多く見られるものや、注意すべき疾患があります。
1. 感染症
ウイルスや細菌による上気道感染(風邪、副鼻腔炎など)は、子供の味覚・嗅覚障害の最も一般的な原因の一つです。
- 嗅覚障害: 鼻腔や副鼻腔の炎症により、嗅粘膜が腫脹したり、嗅神経が障害されたりすることで生じます。回復には時間がかかる場合があります。
- 味覚障害: 舌や口腔内の炎症、あるいは嗅覚障害に続発して生じることがあります。
2. アレルギー性鼻炎
慢性的な鼻閉や鼻水、後鼻漏は嗅覚の低下を引き起こします。アレルギー性鼻炎は子供に非常に多く見られる疾患であり、嗅覚障害の原因として考慮すべきです。
3. 頭部外傷
転倒などによる頭部への衝撃は、嗅神経や脳内の嗅覚・味覚に関連する領域を損傷する可能性があります。外傷の程度によっては、後遺症として味覚・嗅覚障害が残存することもあります。
4. 先天性疾患・遺伝性疾患
まれではありますが、生まれつき味覚や嗅覚に異常がある場合や、特定の遺伝性疾患(例:Kallmann症候群など)に伴って嗅覚障害が生じることがあります。
5. 神経系疾患
脳腫瘍や髄膜炎、脳炎などが原因で、味覚・嗅覚に関連する神経経路が障害されることがあります。これらの疾患は緊急性の高い場合もあるため、注意が必要です。
6. 薬剤性
特定の薬剤(例:抗ヒスタミン薬、抗菌薬、抗てんかん薬など)の副作用として、一時的に味覚や嗅覚に変化が生じることがあります。
7. その他
- 口腔内の問題: 口内炎、歯周病、口腔乾燥症など。
- 栄養欠乏: 亜鉛などの微量元素の欠乏が味覚障害の原因となることがあります。
- 心理的な要因: まれに、心因性の味覚・嗅覚障害が疑われるケースもあります。
診断のポイント
子供の味覚・嗅覚障害の診断は、大人に比べて難しい側面があります。子供自身が正確に症状を訴えることが難しいため、保護者からの詳細な情報収集と、年齢に応じた工夫が必要です。
1. 詳細な問診
診断において最も重要なステップの一つです。以下の点について、保護者から丁寧に情報を収集します。
- 症状の開始時期と経過: 急性発症か、慢性化しているか。症状は悪化しているか、改善傾向にあるか。
- 具体的な症状: 「匂いがわからない」「味が変」「何も味がしない」など、具体的な訴え(または保護者から見た様子)。特定の味や匂いだけがわからないのか、全体的なのか。
- 誘因や先行イベント: 風邪などの感染症、頭部外傷、アレルギー症状、新しい薬の開始など。
- 随伴症状: 鼻閉、鼻水、頭痛、発熱、耳の症状、神経症状(けいれん、意識障害など)、体重減少など。
- 既往歴: アレルギー疾患、慢性疾患、頭部外傷の有無、過去の味覚・嗅覚の異常。
- 内服薬やサプリメント: 現在使用している全ての薬剤について確認します。
- 家庭での様子: 食事の進み具合、特定の食べ物を避けるようになったか、危険物(ガス漏れなど)への反応。
子供自身にも、年齢に応じて簡単な言葉で「この匂い、わかる?」「甘いか、苦いか、わかる?」などと尋ねてみることが有効です。
2. 身体診察
耳鼻咽喉科的な診察(鼻腔内視鏡検査など)を行い、鼻腔や副鼻腔、口腔内の状態を確認します。神経学的診察も、神経系疾患が疑われる場合には重要です。
3. 客観的な検査
子供の場合、大人向けの味覚・嗅覚検査をそのまま適用することは困難です。年齢や発達段階に合わせて工夫が必要です。
- 嗅覚検査: 小さな子供には、バニラやチョコレートなど身近で刺激の少ない匂いを使い、「何の匂いかな?」と尋ねる方法があります。もう少し大きい子供には、特定の匂い物質を含んだペンやカードを用いた簡単な嗅覚検査キットを用いることがあります。電気生理学的な検査(嗅覚誘発反応など)は、より客観的な情報を提供しますが、施行可能な施設は限られます。
- 味覚検査: 甘味、塩味、酸味、苦味の基本4味(最近ではうま味も)を用いた検査を行います。綿棒で舌の特定の部位に試薬をつけ、「甘いかな?」「しょっぱいかな?」などと尋ねます。年齢によっては、複数の味を提示して識別させる検査も行われます。
- 画像検査: 頭部外傷や神経系疾患、副鼻腔の重度な炎症などが疑われる場合には、頭部MRIやCTスキャンなどの画像検査が考慮されます。
- 血液検査: 栄養欠乏(特に亜鉛)や、全身疾患(例:甲状腺機能低下症)などが疑われる場合に行われることがあります。
これらの検査結果と問診、身体診察の結果を総合して診断を進めます。原因が特定できない場合や、神経系疾患など重篤な疾患が疑われる場合は、専門医への紹介が必要です。
診断後の流れと保護者への説明
診断が確定したら、原因疾患に応じた治療を開始します。同時に、保護者に対して病状、原因、予後、そして家庭でできるケアについて丁寧に説明することが重要です。
- 特に、味覚・嗅覚障害が長引く可能性がある場合、食事の工夫(彩りや食感、温度の変化など)や、家庭内の安全対策(火災報知器の設置、ガス機器の点検など)について具体的に助言することが求められます。
- 子供の不安やストレスへの配慮も忘れてはなりません。
まとめ
子供の味覚・嗅覚障害は、単なるQOLの問題だけでなく、発達や安全に関わる重要なサインである可能性があります。原因は感染症やアレルギーなど比較的軽微なものから、神経系疾患などの重篤なものまで多岐にわたるため、丁寧な問診と年齢に応じた適切な診断アプローチが不可欠です。
保護者や周囲の関係者が子供の味覚・嗅覚の変化に気づき、早期に医療機関を受診することの重要性を伝えることも、私たちの役割の一つです。
本記事が、子供の味覚・嗅覚障害に直面した際の理解の一助となれば幸いです。