子供の異味症・異嗅症(パラグージア・パラオスミア):病態メカニズムと臨床的アプローチ
子供の異味症・異嗅症とは
異味症(パラグージア)や異嗅症(パラオスミア)は、実際に存在しない味や匂いを感じたり、本来とは異なる味や匂いとして認識したりする感覚の異常です。味覚・嗅覚障害が味や匂いの「量」の問題(低下・消失)であるのに対し、異味症・異嗅症は味や匂いの「質」の問題と言えます。
子供においてもこれらの症状は見られますが、自身の感覚を正確に言語化することが難しいため、保護者が症状に気づきにくい場合や、単なる好き嫌いや偏食と誤解されてしまうことも少なくありません。しかし、異味症・異嗅症は子供の摂食行動や栄養状態、さらには精神的な健康にも影響を及ぼす可能性があるため、適切な理解と対応が重要です。
子供における異味症・異嗅症の症状と特徴
子供の異味症・異嗅症の症状の訴え方は多様です。 * 異味症(パラグージア):「口の中が変な味がする」「いつも苦い/塩っぱい」「何を食べても砂の味がする」「美味しくない」といった漠然とした訴えから、「〇〇の味がする(実際とは異なる味)」と具体的に表現することもあります。 * 異嗅症(パラオスミア):「焦げ臭い」「腐った匂いがする」「嫌な匂いがする」といった不快な匂いを感じることが多いですが、中には「甘い匂いがする」といった訴えもあります。特定の匂いに対してのみ異常を感じる場合や、常に匂いの異常を感じる場合があります。
子供の場合、これらの感覚異常をうまく伝えられず、食事中に泣いたり、特定の食品を極端に嫌がったり、食欲不振になったりといった行動の変化として現れることがあります。年齢が低いほど、言葉での表現が難しく、行動観察や保護者からの詳細な情報聴取が診断の鍵となります。
病態メカニズム
異味症・異嗅症の病態メカニズムは完全に解明されているわけではありませんが、嗅覚・味覚経路における神経情報の処理異常が関与していると考えられています。
- 嗅覚系: 異嗅症は、嗅上皮の嗅細胞から脳への情報伝達経路のどこかに異常が生じることで発生すると考えられます。特に、嗅覚受容体が損傷したり、嗅球や中枢神経系で匂い情報が誤って処理されたりすることが原因となり得ます。例えば、感染後の修復過程で嗅神経が再生する際に、誤った標的と結合してしまう(ミスマッチング)といった説や、中枢神経系における匂い情報の統合・解釈の異常が関与するといった説があります。
- 味覚系: 異味症は、味蕾から脳への味覚伝達経路の異常が関与します。舌や口腔内の味蕾の障害、味覚神経(顔面神経、舌咽神経、迷走神経)の障害、または脳の味覚野での情報処理異常などが原因となり得ます。特定の薬剤や全身疾患が味覚受容体や神経に影響を与えることも知られています。
異味症・異嗅症は、嗅覚・味覚の機能が完全に失われているのではなく、感覚入力があるにも関わらず、その「質」が変化している状態であり、この点が無嗅覚症や無味覚症といった障害とは異なります。
考えられる原因・誘因
子供の異味症・異嗅症には、いくつかの原因が考えられます。
- 感染症後: ウイルス感染(特に呼吸器系ウイルス)や細菌感染の後に、嗅覚や味覚の回復過程で異嗅症・異味症が出現することがあります。COVID-19感染後にも報告されていますが、それ以外の一般的な感冒などでも起こり得ます。
- 頭部外傷: 軽微な頭部外傷でも、嗅神経などが損傷し、異嗅症を引き起こすことがあります。
- 副鼻腔疾患: 慢性副鼻腔炎などにより嗅覚が障害され、異嗅症を伴うことがあります。
- 口腔・歯科疾患: 虫歯、歯周病、口腔カンジダ症、唾液腺の異常などが異味症の原因となることがあります。
- 薬剤性: 一部の薬剤(例: 特定の抗生物質、降圧剤、抗アレルギー剤)が味覚や嗅覚に影響を及ぼし、異味症・異嗅症を引き起こすことがあります。
- 神経疾患: てんかん(嗅覚・味覚性の前兆)、脳腫瘍、多発性硬化症などの神経疾患に関連して出現することがあります。
- 精神疾患: 希に、うつ病などの精神疾患に伴う症状として味覚・嗅覚の異常が報告されることがあります。
- その他: 栄養欠乏(亜鉛欠乏など)、内分泌疾患なども味覚異常の原因となる可能性があります。
診断へのアプローチ
子供の異味症・異嗅症の診断は、保護者からの丁寧な情報収集が非常に重要です。
- 詳細な問診:
- 症状の出現時期、持続時間、頻度、症状の種類(どのような味/匂いか)。
- 症状が出現するきっかけ(感染症、外傷、新しい薬剤の使用など)の有無。
- 症状によって食欲や摂食行動に変化があるか、体重減少などがないか。
- 既往歴(アレルギー、副鼻腔炎、頭部外傷、神経疾患など)。
- 内服中の薬剤。
- 口腔内の清潔状態。
- 家庭環境での特異な匂いの有無。
- 身体診察:
- 全身状態の評価。
- 口腔内の診察(虫歯、歯肉炎、舌苔、カンジダなど)。
- 鼻腔の診察(鼻汁、鼻閉、ポリープなど)。
- 神経学的所見の確認。
- 嗅覚・味覚検査:
- 子供向けの嗅覚検査(例: Sniffin' Sticks pediatric version, Odor Identification Testなど)や味覚検査(例: Taste Strips, Electrogustometryなど)を年齢や発達段階に合わせて実施します。異味症・異嗅症の場合、検査上は正常な嗅覚・味覚閾値を示すこともあります。
- 必要に応じた追加検査:
- 原因として副鼻腔炎が疑われる場合は、副鼻腔X線やCT検査。
- 神経疾患が疑われる場合は、頭部MRI検査や脳波検査。
- 栄養欠乏が疑われる場合は、血清亜鉛値などの採血検査。
- 口腔内病変が疑われる場合は、歯科や口腔外科へのコンサルテーション。
診断は、これらの情報や検査結果を総合的に判断して行います。特に子供の場合、症状の訴えが曖昧であるため、保護者と密に連携し、注意深く経過を観察することが重要です。
臨床での管理と保護者へのケア
異味症・異嗅症に対する直接的な確立された治療法は限られており、多くは原因疾患への対応や対症療法が中心となります。
- 原因疾患の治療: 副鼻腔炎や口腔疾患があればその治療を行います。薬剤が原因と考えられる場合は、可能な範囲で休薬や変更を検討します。
- 対症療法: 不快な症状に対する直接的な薬剤療法は、子供においては推奨されるものが少ないのが現状です。ただし、ビタミン剤や亜鉛製剤が試みられることもありますが、効果には個人差があります。
- 嗅覚・味覚トレーニング: 感染後などに遷延する異嗅症に対して、特定の匂いを用いた嗅覚トレーニングが有効とされることがあり、子供にも可能な範囲で試みることがあります。
- 栄養・摂食への配慮: 異味・異嗅により食欲不振や偏食が見られる場合は、栄養状態の評価と管理が重要です。食感を変える、匂いの少ない調理法を選ぶ、少量頻回にするなど、子供が受け入れやすい方法を保護者と一緒に検討します。必要に応じて管理栄養士と連携します。
- 保護者への説明とサポート: 異味症・異嗅症は保護者にとって理解しにくく、子供の食事の問題などからストレスとなることがあります。「気のせいではないこと」「病態として実際に起こりうること」を丁寧に説明し、保護者の不安に寄り添うことが重要です。症状のメカニズムや考えられる原因、予後について、子供の年齢に合わせて分かりやすく説明します。家庭での具体的な対応策(例:不快な匂いを避ける、食事の工夫)を一緒に考え、長期化した場合のフォローアップの計画を共有します。
多くの場合、異味症・異嗅症は時間とともに改善する傾向がありますが、遷延することもあります。保護者や子供が孤立しないよう、継続的なサポート体制を提供することが大切です。
まとめ
子供の異味症・異嗅症は、味覚や嗅覚の質の異常であり、子供の摂食行動やQOLに影響を及ぼす可能性があります。その診断には、保護者からの詳細な情報と、子供の年齢や発達段階に合わせた丁寧な評価が必要です。原因は多岐にわたりますが、感染後によるものが比較的多く見られます。確立された特異的な治療法は少ないものの、原因へのアプローチ、栄養管理、そして何より保護者への理解と精神的なサポートが臨床現場では非常に重要となります。子供の感覚異常に気づき、適切に対応できるよう、医療従事者としても知識を深め、保護者と協力していく姿勢が求められます。