こどもの味覚嗅覚ケア

子供の薬剤性味覚・嗅覚障害:原因薬剤、病態メカニズム、臨床管理

Tags: 薬剤性, 味覚障害, 嗅覚障害, 小児, 副作用, 臨床管理, 病態メカニズム

はじめに

子供の味覚や嗅覚の異常は、その原因が多岐にわたるため、診断や対応に難渋することが少なくありません。風邪などの感染症、アレルギー、栄養欠乏、頭部外傷など様々な要因が考えられますが、中でも見過ごされやすい原因の一つに「薬剤性」のものがあります。薬剤性の味覚・嗅覚障害は、投与されている薬物によって引き起こされる感覚異常であり、小児においても注意が必要です。

薬剤性味覚・嗅覚障害は、子供の食行動、栄養状態、さらにはQOLに影響を及ぼす可能性があります。特に、基礎疾患の治療のために複数の薬剤を併用している場合や、症状の訴えが不明瞭な乳幼児においては、原因特定がより一層困難となります。

本記事では、小児における薬剤性味覚・嗅覚障害に焦点を当て、原因となりうる薬剤の種類、病態メカニズム、臨床現場での診断のポイント、そして管理や保護者への説明方法について解説します。医療従事者の皆様が日々の診療や看護に役立て、保護者の方々が適切な情報を得る一助となれば幸いです。

薬剤性味覚・嗅覚障害とは

薬剤性味覚・嗅覚障害は、薬物の全身投与または局所投与に起因して生じる味覚(甘味、塩味、酸味、苦味、うま味)または嗅覚(匂いを感じる能力)の異常を指します。これは薬物の副作用の一種として位置づけられます。

小児の場合、薬物動態や薬物代謝が成人とは異なることがあり、特定の薬剤に対して異なる感受性を示す可能性も考えられます。また、味覚・嗅覚機能自体が成長段階に応じて発達しているため、障害の現れ方や訴えも年齢によって変化しうることが特徴です。

症状としては、味や匂いが感じにくくなる「減退」や「消失」(hypogeusia/ageusia, hyposmia/anosmia)、実際には存在しない味や匂いを感じる「異味症」(dysgeusia)や「異臭症」(parosmia)などがあります。これらの症状は、薬剤を開始してすぐに現れることもあれば、しばらく時間が経ってから出現することもあります。多くの場合は薬剤中止により回復しますが、稀に遷延化することもあります。

原因となりうる薬剤

薬剤性味覚・嗅覚障害を引き起こす可能性のある薬剤は非常に多岐にわたります。臨床現場で遭遇しやすいものから、特定の疾患治療で用いられるものまで様々なクラスが含まれます。以下に主な薬剤クラスとその例を挙げますが、これは網羅的なリストではなく、あくまで代表的な例です。薬剤の添付文書などを参照し、個別の薬剤情報を確認することが重要です。

これらの薬剤が全ての患者に味覚・嗅覚障害を引き起こすわけではなく、発生頻度や重症度は薬剤の種類、投与量、投与期間、患者の感受性、腎機能・肝機能など様々な要因によって異なります。

病態メカニズム

薬剤が味覚・嗅覚に影響を及ぼすメカニズムは、単一ではなく複数の経路が考えられています。主なメカニズムとしては以下が挙げられます(日本鼻科学会、日本耳鼻咽喉科学会等の情報に基づく)。

  1. 受容体への直接作用: 薬剤またはその代謝物が、味覚受容体や嗅覚受容体と結合したり、チャネルを阻害したりすることで、感覚伝達を直接的に変化させる。ACE阻害薬などがこのメカニズムに関与する可能性が示唆されています。
  2. 神経伝達物質への影響: 神経系に作用する薬剤(向精神薬など)が、味覚・嗅覚に関連する神経回路内の神経伝達物質のバランスを変化させる。
  3. 細胞のターンオーバー障害: 味蕾細胞や嗅上皮の嗅細胞は比較的短い周期で新しい細胞に置き換わっています(ターンオーバー)。一部の薬剤(抗がん剤など細胞分裂を抑制する薬剤や、一部の抗生物質)は、この細胞の再生プロセスを阻害し、味覚・嗅覚器の機能低下を招く可能性があります。
  4. 唾液分泌の変化: 口腔内の唾液は味物質を味蕾まで運搬する役割や、味蕾周囲の環境を維持する役割があります。抗ヒスタミン薬や向精神薬など、唾液分泌を抑制する薬剤は、間接的に味覚障害を引き起こすことがあります。
  5. 薬剤の口腔・鼻腔への排泄: 薬剤によっては、唾液や鼻汁中に排泄され、直接的に味覚器や嗅覚器に作用し、異常な味や匂いを引き起こすことがあります。メトロニダゾールなどが口腔内に苦味をもたらす例として知られています。
  6. 亜鉛など微量元素代謝への影響: 一部の薬剤は、味覚機能に重要な役割を果たす亜鉛などの微量元素の吸収や代謝に影響を与えることで、味覚障害を引き起こす可能性があります。ACE阻害薬やD-ペニシラミンなどがこのメカニズムに関与すると考えられています。

小児では、これらのメカニズムに加え、成長に伴う味覚・嗅覚系の発達段階や、体重あたりの薬物投与量、代謝酵素の活性などが成人とは異なるため、薬剤による影響の受けやすさが異なる可能性があります。

症状と診断のポイント

子供の薬剤性味覚・嗅覚障害の症状は、年齢や個人によって異なり、多様な形で現れます。

乳幼児では、言葉での訴えが難しいため、食事の拒否、特定の食べ物への強い偏好、哺乳量の減少、機嫌の悪化などの間接的なサインから味覚・嗅覚異常を疑う必要があります。年長児であれば、「味が変」「匂いがしない」といった具体的な訴えが増えます。

診断においては、以下のステップを踏むことが重要です。

  1. 薬剤曝露歴の詳細な聴取: 現在投与されている全ての薬剤(処方薬、市販薬、サプリメント含む)と、その開始時期、投与量、投与期間を詳細に確認します。味覚・嗅覚症状が出現した時期と薬剤開始時期の関連性を検討します。
  2. 症状の詳細な評価: どのような症状か(減退か異常か)、いつから始まったか、持続性はあるか、特定の薬剤開始や増量との関連はどうかなどを聴取します。可能であれば、保護者に具体的なエピソード(例:「この薬を飲み始めてから、いつも好きだった〇〇を食べなくなった」「口の中に常に変な味がするようになった」)を聞きます。
  3. 他原因の除外: 薬剤性以外の味覚・嗅覚障害の一般的な原因(上気道感染症、副鼻腔炎、アレルギー性鼻炎、頭部外傷、栄養欠乏、全身疾患、神経疾患など)を除外するための問診や必要な検査を行います。
  4. 薬剤中止・変更による評価: 可能であれば、疑わしい薬剤を一時的に中止または代替薬に変更し、症状が改善するかどうかを観察します。薬剤中止により症状が改善し、再投与により再び症状が出現する場合(challenge-rechallenge test)は、薬剤性の可能性が極めて高いと判断できます。ただし、基礎疾患の治療を優先する必要があるため、薬剤中止の判断は主治医が慎重に行う必要があります。
  5. 味覚・嗅覚機能検査: 年齢に応じた味覚・嗅覚機能検査が診断を補助する場合があります。小児向けの検査法(例えば、味覚ストリップ法、Sniffin' Sticksなど)を活用し、客観的な評価を試みます。ただし、小児におけるこれらの検査の実施可能性や結果の解釈には限界がある場合もあります(小児の味覚・嗅覚検査法の実際に関する別記事もご参照ください)。

薬剤性味覚・嗅覚障害の診断は、多くの場合、薬剤曝露歴と症状の関連性、そして他原因の除外によって行われます。特に複数の薬剤を併用している場合や、基礎疾患による影響が複雑に関与している場合は、診断がより困難になるため、慎重なアプローチが求められます。

治療と臨床管理

薬剤性味覚・嗅覚障害の最も基本的な治療は、原因となっている疑いのある薬剤を中止するか、代替薬に変更することです。症状の改善が見られるかどうかのモニタリングが重要になります。

薬剤性味覚・嗅覚障害の診断や管理は、特に複数の疾患を抱え、多剤併用している小児の場合、非常に複雑になり得ます。診断に迷う場合や、症状が重度、遷延する場合は、小児科医、耳鼻咽喉科医、歯科医、薬剤師、栄養士など多職種が連携し、専門的な評価やアドバイスを得ることが望ましいです。

予防とモニタリング

薬剤性味覚・嗅覚障害を完全に予防することは難しい場合もありますが、リスクを低減し、早期に発見するための取り組みは重要です。

保護者への説明のポイント

薬剤性味覚・嗅覚障害について保護者へ説明する際は、以下の点を踏まえると分かりやすく、保護者の不安軽減につながります。

まとめ

子供の薬剤性味覚・嗅覚障害は、比較的まれではありますが、QOLや栄養状態に影響を及ぼす可能性のある重要な薬剤副作用です。診断には、詳細な薬剤曝露歴の聴取、症状の正確な把握、そして他の原因疾患の丁寧な除外が不可欠です。多くの薬剤が原因となりうるため、投与中の薬剤に対する注意深いモニタリングが求められます。

治療の基本は原因薬剤の中止または変更ですが、それが困難な場合もあり、個々の症例に応じた慎重な対応が必要です。症状による影響を最小限に抑えるためには、栄養サポートや精神的なケアも含めた包括的なアプローチが重要となります。

小児における薬剤性味覚・嗅覚障害に関する知見はまだ十分ではなく、今後の研究の進展が期待されます。臨床現場においては、医療従事者が本副作用への意識を高め、保護者との密な連携を図ることで、子供たちの味覚・嗅覚の健康を守り、より良い療養生活を支援していくことが求められています。