子供の副鼻腔炎・中耳炎が味覚・嗅覚に与える影響:病態メカニズムと臨床的対応
はじめに
子供の味覚や嗅覚に関する問題は、成長期の栄養摂取、安全認識(ガス漏れなどに気づく)、QOL(生活の質)に大きく関わります。これらの障害の原因は多岐にわたりますが、特に小児では、耳鼻咽喉科領域の疾患、中でも副鼻腔炎や中耳炎が重要な要因となり得ます。これらの疾患は子供に頻繁に見られる一方で、味覚・嗅覚への影響が見過ごされがちです。
この記事では、子供の副鼻腔炎および中耳炎がどのように味覚・嗅覚障害を引き起こすのか、その病態メカニズム、臨床的な徴候、診断、そして対応のポイントについて解説します。医療従事者の方が、子供たちの味覚・嗅覚に関する訴えに対し、耳鼻科疾患との関連性を考慮し、適切な評価とケアに繋げるための一助となれば幸いです。
子供の副鼻腔炎と嗅覚・味覚障害
副鼻腔炎は、鼻腔周囲の骨の中にある空洞(副鼻腔)の炎症です。子供では、風邪などのウイルス感染をきっかけに発症することが多く、アレルギー性鼻炎が背景にある場合もあります。副鼻腔炎が嗅覚や味覚に影響を与える主なメカニズムは以下の通りです。
病態メカニズム
- 嗅裂へのアクセス障害: 副鼻腔の炎症や分泌物の貯留により、鼻腔の上部にある嗅覚受容体が存在する「嗅裂」への空気の通りが悪くなります。これにより、匂い分子が嗅上皮に到達できず、嗅覚が低下(嗅覚鈍麻)または消失(嗅覚脱失)します。
- 炎症による嗅上皮への直接影響: 慢性的な炎症が嗅上皮そのものに損傷を与え、嗅覚機能が低下する可能性があります。
- 後鼻漏による味覚への影響: 副鼻腔から鼻腔を経て喉に流れる分泌物(後鼻漏)が、味覚に不快な影響を与えたり、味覚を感じにくくさせたりすることがあります。また、嗅覚の低下は風味(フレーバー)の感知能力を低下させ、結果的に味覚も変化したように感じられます(風味障害)。
子供特有の病態と臨床像
子供の副鼻腔は発達段階にあり、特に篩骨洞や上顎洞の炎症が多く見られます。アデノイド(咽頭扁桃)の肥大が鼻腔の空気の流れを妨げ、副鼻腔炎を悪化させることもあります。 子供の場合、症状を正確に訴えることが難しいため、以下のような間接的なサインに注意が必要です。
- 持続する鼻水や鼻詰まり
- 鼻声、口呼吸
- 咳
- 顔面(特に目の周囲や頬部)の痛みや圧痛(年長児)
- 発熱
- 普段好きだった食べ物を嫌がる、食欲不振
- 「変な味がする」という漠然とした訴え(異味症)
- 匂いに気づかない、反応しない
診断と治療
診断は、問診、鼻腔内の視診、画像検査(レントゲンやCTスキャンなど)によって行われます。子供では、放射線被曝を考慮し、画像検査は慎重に選択されます。 治療は、原因となっている炎症を抑えることが中心となります。抗菌薬(細菌感染の場合)、鼻噴霧用ステロイド薬、抗アレルギー薬などが用いられます。アデノイド肥大が関与している場合は、その治療も考慮されます。炎症が改善し、鼻腔内の空気の流れが回復すれば、多くの場合、嗅覚・味覚も回復します。
子供の中耳炎と味覚障害
中耳炎は、鼓膜の奥にある中耳の炎症です。子供は耳管(中耳と鼻腔をつなぐ管)が大人に比べて短く水平なため、鼻からの感染が中耳に波及しやすく、中耳炎を繰り返しやすい傾向があります。中耳炎が味覚に影響を与えるメカニズムは、主に味覚神経である鼓索神経の走行に関連しています。
病態メカニズム
- 鼓索神経への圧迫・炎症波及: 鼓索神経は舌の前方2/3の味覚を司っており、中耳腔内を走行しています。中耳に炎症や滲出液が貯留することで、この鼓索神経が圧迫されたり、炎症が波及したりすることがあります。これにより、舌の該当部位の味覚が低下したり、異常な味覚を感じたりすることがあります。
- 耳管機能不全: 中耳炎の原因となる耳管機能不全は、中耳の気圧調整を妨げ、鼓膜の動きが悪くなることでも味覚に影響を与える可能性が示唆されています(直接的なメカニズムは複雑です)。
中耳炎による味覚障害は、多くの場合、舌の片側(中耳炎を起こしている耳側)に生じます。
子供特有の病態と臨床像
子供の中耳炎は、急性中耳炎や滲出性中耳炎が一般的です。 味覚障害は、中耳炎の他の症状(耳痛、発熱、耳垂れ、難聴、耳閉感など)に比べて目立たないことが多く、子供自身がうまく表現できないため見落とされがちです。
- 耳を触る、引っ張る
- 不機嫌、泣きやすい
- 発熱
- 難聴(テレビの音量を大きくする、呼びかけに反応しないなど)
- 「食べ物の味がしない」「変な味がする」という訴え(年長児)
- 特定の食べ物を避けるようになる(特に酸っぱいものや甘いものなど、特定の味覚への反応の変化)
診断と治療
診断は、問診、鼓膜の視診(耳鏡検査や内視鏡検査)、聴力検査、ティンパノメトリー(鼓膜の動きや中耳の状態を調べる検査)によって行われます。 治療は、炎症を抑え、中耳の状態を改善することが目標です。急性中耳炎では抗菌薬が使用されることがあり、滲出性中耳炎では経過観察が基本ですが、必要に応じて鼓膜切開や鼓膜チューブ留置術が行われることもあります。中耳の状態が改善すれば、鼓索神経への影響が軽減され、味覚も回復することが期待されます。
臨床における対応のポイント
保護者への説明
副鼻腔炎や中耳炎と味覚・嗅覚障害の関連性は、保護者にとって馴染みがないかもしれません。診断時には、これらの耳鼻科疾患が味覚や嗅覚に影響を与えるメカニズムを、子供の病態に合わせて分かりやすく説明することが重要です。
- 副鼻腔炎の場合: 「鼻の奥の炎症や鼻水で、匂いのセンサーまで空気が届きにくくなっているため、匂いや味(風味)が分かりにくくなっています。炎症が治まると、匂いも味も戻ってきますよ。」のように、鼻詰まりとの関連を中心に説明します。
- 中耳炎の場合: 「耳の奥には、舌の味を感じる神経の一部が通っています。中耳の炎症や水が溜まることで、その神経の働きが一時的に悪くなっている可能性があります。耳の調子が良くなれば、味覚も元に戻ることが多いです。」のように、耳と味覚の意外な繋がりについて伝えます。
治療に対する保護者の理解と協力を得るためにも、味覚・嗅覚への影響についても説明に含めることが望ましいです。
観察とケア
- 子供の食事の様子、特定の食べ物への反応の変化、味や匂いに関する訴えを注意深く観察するよう保護者に促します。
- 鼻詰まりや鼻水、耳の痛みや聞こえにくさなど、耳鼻科疾患の症状が味覚・嗅覚の変化と同時に見られるか確認します。
- 治療を継続し、耳鼻科医の指示に従うことの重要性を伝えます。多くの場合、原因疾患の治療が味覚・嗅覚障害の改善に繋がります。
- ただし、まれに治療後も改善しない場合や、他の原因が隠れている可能性も考慮し、遷延する場合は再評価や専門医への相談が必要となることを伝えます。
まとめ
子供の副鼻腔炎や中耳炎は、鼻詰まりや耳痛、難聴といった典型的な症状だけでなく、嗅覚や味覚にも影響を及ぼし得る重要な原因です。これらの病態を理解し、子供の味覚・嗅覚に関する訴えやサインを見逃さないことは、早期診断と適切な治療、そして子供たちのQOL向上に繋がります。医療現場では、耳鼻科疾患の診療にあたる際に、味覚・嗅覚への影響についても意識し、必要に応じて保護者への情報提供や経過観察の視点を持つことが望まれます。